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「レベル」のあるゲームに対して、安直にクエスト要素を盛り込ませるのは危険

ここ最近やたらクエスト要素を盛り込むゲームが増えてきている。
おそらく、開発者は「やりこみ要素」として捉えているのだと思う。
そこで問題になってくるのが「やりこむ人」と「やりこまない人」の差。
「レベル」があると、クエストを消化したかしていないかで、圧倒的に本編の難易度が変わってしまう。
そして、なぜかやりこみ要素のはずなのにクエストクリア前提の難易度になっていることが多々ある。
そのため、さっさと先に進みたいのに、プレイ時間稼ぎとも思えるクエスト作業を行わなければいけなくなる。(クエストを無視してもレベル上げ作業が待っている)

だからどうしろという結論は出ないけれども、その辺をもうちょっと考えて欲しいなぁ。と思う。

いろいろ愚痴とか(文章まとまってない)

うーむ、コミュニケーション能力(以下コミュ力)高いと思い込んでる人きらいだなー。
いや、実際にコミュ力高ければ問題ないし、
低いなら低いで自覚してれば、ちゃんとサポートしてあげれば問題ないと思うんだが。

なんつーか、「みんなちがって、みんないい。けど私が正しい」みたいな態度が気に食わない。
「みんなちがう」ってことは違いを受け入れる度量が必要なんだよね。
「違うからあの人とは合わないのはしょうがない」みたいな逃げはいかがなもんかと。
そんなんならコミュ力高いとか言うなと。
だから俺は「人間なんて誰だってとてもふつうで、出会いはどれだって特別だろう」っていう言葉の方が好き。

コミュ力高い人は自分が立ってて、かつ人を立てることができるんだよね。
俺はそういう人が好き。
そういう人は人の痛みや苦しみもわかってるところがある。
なんかその勘違いさんは自分が立つところで終わってるというか。
相手が何を求めているかを理解してないくせに、何もかも見透かした素振りを見せるのがむかつく。
うん、なんか歌詞に使えそう。

っていうか結局「みんなちがって、みんないい」に戻っちゃうけど、
これ自分は特別な人間であるっていう自負がなければ使えないよね。
みんなには自分も含まれているんだから。
あぁ、でももともとそういう詩か。
というか、この言葉が好きとか言ってる割に、やたら生き方を強制してくるのがウザイこと極まりない。
ホントに他者を尊重する気があるのかと。

つーか、単純に俺が自分の人生に介入されるのを極度に嫌ってるだけなんだが。
好きなように生かせて欲しいだけ。

とりあえず自分の意見が通らなかったときに不機嫌になるのやめてください。
そこで円滑なコミュニケーションは終わるから。

今週新曲あげました



ほとんど音源はFantom-Xですね。
実験的に今まで使ってなかったプリセットを色々使ってる感じです。
で、まぁ軽い感じで完成させればいいかな。とか思ってたものの、
作成途中から本気モードでした。

歌詞に関しては、結局のところ暗いところに行き着いちゃうところがあります。
人に言えない、言ってもしょうがないことを歌詞にすることが多いので。
楽しかったり嬉しかったりっていうのは人にしゃべって共有したくなるんで。
ガチで死にたいとかいっても、話された方も返しに困るでしょ。
つーか、どういう返答期待してんの?って話だし。
理想的な答えは「俺もわかるよ」なんだろうけど。
それに、人困らせるの嫌だし。自分の中の問題は自分の中だけで片付けたいというか。
それこそ小島監督のコンプレックスの話に近いのかも。
そういうわけで、暗い歌詞になりがち。
誰かに伝えたいわけじゃないけど、吐き出してしまいたい。